やや長文ですが、前回の続きです。おつきあいください。
きのうは子供の日。図らずも、日本の原発がすべて停止、という歴史的な日になりました。
そんなことを考えながら、世界で初めて、原発廃止を国民投票で決めたスウェーデンに、2000年に環境視察のために出かけたときのことを思い出しました。
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スウェーデンは、1980年の国民投票において、稼働中の原発12基の全廃を決定し、議会は2010年までに原子力発電所を全廃するとの決議を採択しましたが、電力供給や雇用、経済への影響が大きすぎることを理由に、脱原子力政策は事実上凍結されてきました。
スウェーデンが「脱原子力政策」を決定した1980年末には、6基の原子力発電所が稼動しており、6基の原子力発電所が建設中でした。
対岸にデンマークの首都コペンハーゲンが位置するバーセベック原子力発電所はスウェーデン第3の都市マルメ市の近郊にあり、かねてから原子力発電所の安全性に疑問を持つデンマークはその廃止を要求し続けていました。
2000年7月に開通したエーレスンド橋は、デンマークの首都コペンハーゲンとスウェーデンのマルメ市を結ぶ全長16キロの国境の橋です。
この橋ができたことにより、デンマークとスウェーデンは、フェリーで1時間かかるところ、電車や自動車では30分ほどで移動できるようになりました。バーセベック原発は、この橋からほど遠くない場所にあります。デンマークにとっては、橋の開通によって、スウェーデン側にあるバーセベック原発の存在が、ますます、切実な「リスク」と感じられるようになっていったことでしょう。


1996年当時、少数与党であった社民政権は、脱原子力を主要政策に掲げる中央党との間で、原子力発電所の閉鎖問題をめぐり政策を異にしていましたが、デンマークからの圧力を理由に、民営であるバーセベック発電所2基を閉鎖の対象としたことで、左翼党を含む3党合意を成立させ、かつ他の国営原子力発電所の温存を図ることになったものです。
スウェーデンの民間電力会社シドクラフト社は、1999年11月、政府、バッテンフォール社(国営電力)との間で補償協定が成立したのを受け、同日、バーセベック1号機の運転を停止しました。
「2010年までに全原子力発電所を段階的に閉鎖する」という1980年の議会決議以来、ほぼ20年間にわたってスウェーデンの政治課題となってきた「脱原子力政策」は、民間の電力会社が所有する原子力発電所の強制閉鎖と巨額賠償という異例の結末を迎えます。
1997年2月には、与野党の合意で、バーセベック1号機を1998年7月1日までに、同2号機を2001年7月1日までに閉鎖することが決まります。
しかし、この合意により2010年までに原発全廃という閉鎖期限は撤廃されました。
1号機閉鎖当日にプレス発表された政府と発電事業者との合意内容を見ると、驚くほど、事業者に配慮した内容になっています。
たまたま2000年にスウェーデンを訪問した際、バッテンフォール社の幹部とのランチョンミーティングで、「今回の強制廃止命令が逆に、想定以上の収益になり、企業経営にとってきわめて理想的な形になった」と、顔をほころばせていたことを鮮明に思い出します。
当時のペーション首相は2000年9月、バーセベック2号機の早期閉鎖計画の延期を発表しました。これは首相が議会の所信表明の中で、「バーセベック2号機は、1997年に議会で定めた条件、すなわち、省エネ、非化石燃料発電等で年間40億kWhの電力損失がまかなわれた場合のみ、2号機を閉鎖する」との閉鎖条件をクリアした時点で閉鎖する」というものでした、
一方、2004年の世論調査では、1980年の国民投票以来初めて、原子力発電所の閉鎖より維持を望む国民が多いことが示されました。
既存施設の維持または拡大を望む国民は46%、原子炉寿命が来た時点での閉鎖が34%という結果となっています。
2005年5月31日にバーセベック2号機(BWR、61万5,000kW)が強制閉鎖された影響で、発電電力量は約50億kWh減少。閉鎖前の2004年には原子力発電が総発電電力量に占める割合(原子力シェア)は51.1%でしたが、2006年の原子力発電による電力量は約650億kWh、総発電電力量に占める原子力発電の割合は48.5%(現状は46%)。
2009年2月には、1980年の国民投票において決まった原発の段階的廃止という方針を修正し、再生エネルギーの開発・普及や省エネの促進によるエネルギー構造の転換は今後も続けていくものの、既存の10基の原子炉の寿命が来た際に新設原子炉による更新が必要とされれば、その更新を認めるという決定を行ないました。
スウェーデン議会は2010年6月、世界に先駆けて打ち出した同国の脱原発政策を30年ぶりに転換し、来年以降、既存の原発の原子炉建て替えを認める法案を賛成174、反対172の小差で可決しました。
日本の脱原発論議がどのような決着になるか、まったく読めない現在、これまで、脱原発先進国と考えられていたスウェーデンの情報も、大いに参考になると思われます。
ただ、スウェーデンの場合は、再生可能エネルギーに未来を託す、という、1970年代のオイルショック以来の長期国家戦略にはまったく、ぶれがない、ということです。
必要悪としての原発は、それまでのつなぎとして存続を認めよう、ということなのでしょう。
日本の場合は、基本的な国家エネルギー戦略がそもそも、未だに存在していないところに、辛さがあります。
いずれにせよ、FUKUSHIMA以降、原発に日本の未来を託すという選択肢は、もはや、考えられません。この分野でも、ほかの政策と同様、頼りない政権政党をあてにせず、国民が自らの進路を決めていくしか、ありませんね。